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 ウェブスカイドア 現代篇
 



吉賀あさみ
YOSHIGA Asami


[ 略歴 ]
1972   生まれ

[ 個展 ]
1996
  小野画廊、東京
1998
  ギャラリーJin、東京
2000
  300日画廊、東京
2002
  時限美術計画 / T.L.A.P、東京
2003
  遊工房 ART SPACE、東京
2004
  ギャラリーブリキ屋、東京
2007
  MA2Gallery、東京

[ グループ展 ]
1998
  「Pre-Opening Exhibition−ギャラリーが生まれでる時 −Part U−」 ギャラリーJin、東京
「佐藤国際文化育英財団奨学生展」 佐藤美術館、東京
1999
  「墨への挑戦'99」 愛知県立美術館ギャラリー、愛知
2000
  「Jin Session on Small Works」 ギャラリーJin、
東京['01、02]
2001
  「Jin Session 3人展−内山緑・松井敏男・吉賀あさみ−」 ギャラリーJin、東京
「アート公募 2002」 アート晴海、東京
2003
  「群馬青年ビエンナーレ'03」 群馬県立近代美術館、群馬
「平和へのメッセージ展」 佐藤美術館、東京
「現代の表現鳥取Vol.1『4 Rooms-4つの同時代的感性』」 鳥取県立博物館、鳥取
2004
  「形影−安岐理加・玉木之子・吉賀あさみ−」 exhibit LIVE [laiv]、東京
2005
  「夏の蜃気楼 −自然をうつしだす現代の作家たち−」 群馬県立館林美術館、 群馬
2007
  「VOCA展」 上野の森美術館、東京
2008
  Valerie Dillon Gallery予定、NewYork


The Other Side1
2005

The Other Side3
2005

Strata#8
2004

Invitation
2007

Invitation 水路の径ø2
2007

Invitation 池ø
2007

Invitation 池
2007

会場風景 MA2Gallery
2007
光の遍満する空気層

吉賀あさみの作品は、たとえば樹のみえる淡い感じの風景が、透過性のある薄い布地による何層もの膜を通じて見えてくる、といったものである。作品の形態は、布を張る必要があるため、たいていは箱のようなかたちになるか、もしくは刺繍をするときのような円形の枠に収められるかたちをとる。その置かれ方も、通常の絵画のように壁に掛けることが多いが、部屋の真ん中に立てて両側から眺められるようにしたり、床に置いたり、と様々だ。箱状にみえる作品は、どこか覗きカラクリを連想させるし、床に置かれた作品を眺めることは、異次元の世界を覗くような錯覚を起こさせる。
このようにイメージを薄い膜に透過させることは、視覚関係の器具・機械を思わせるが、しかしまた、この作品の意図は、写真や映像には映らない、実際の風景の「空気感」、というか、対象と観る者のあいだに介在する空気層に遍満する、「光」の質感を再現することなのでないか、とも思われてくるのだ。あるいは、見ることのなかからイメージがおぼろげに出現してくる仕掛けによって、写真や映像には通常は反映されない、観る者の「意識の集中のありかた」を、作品に取り込もうとする試み、とでもいおうか。吉賀は、アトリエのある鳥取県大山(だいせん)を訪れるときの、森や自然のなかにおける自らの感覚の変化を綴ったテクストを書いているが、それを読むと、作品にこうした意識の変容のようすが盛り込まれていることが、充分納得できるのである。また彼女は、梅雨のように湿気がある時のほうが、作品に適している気がする、と言っているが、これも作品の空気感・質感・光の感覚と、観る者の意識状態をなるべく親和的なものにしたいという意図の表れかもしれない。
テクストといえばもうひとつ、ある個展の機会に書かれた「Dying Away」というのがあって、このタイトルの意味は辞書で引くと「(風・音などが)次第に静まる」「気が遠くなる」とある。このテクストでは、いわば吉賀のなかの作者と鑑賞者が分裂して登場するのだが、意識のフォーカスが通常の自意識とは別次元に集中される、というありかたは、これらの作品がもたらす感覚をうまく表している、といえるだろう。今後も、彼女の作品によって意識の新たなトリップができることを、楽しみにしていきたい。
〜 倉林 靖/美術評論家


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