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 ウェブスカイドア 現代篇
 


祖母井 郁
SOBOI Kaoru


[ 略歴 ]
1971   東京都府中市生まれ
1995   武蔵野美術大学造形学部彫刻学科卒業

[ 個展 ]
1995
  Gallery FLOOR2(東京)

  秋山画廊(東京)
1997
  秋山画廊(東京)
CAC Gallery(東京)
「此岸と彼岸の皮膜」gallery αm(東京)
1998
  ガレリア・キマイラ(東京)
2000
  「現象 ─ 覚醒した空間」東京国際フォーラム エキジビション・スペース(東京)
2005
  「transi」秋山画廊(東京)

[ 主なグループ展 ]
1995
  「被爆50周年祈念アートフェスティバルながさき・水の波紋'95」長崎大学構内(長崎)
1998
  〈Morphe'98 海流 ─ Beyond the Horizon〉「妖精の樵の巧みな一撃」(岡本太郎/金大偉との3人展)AKI-EX GALLERY(東京)
〈Morphe'98 海流 ─ Beyond the Horizon〉「妖精の樵の巧みな一撃」(岡本太郎との2人展)小原流会館1Fロビー(東京)
2001
  「第7回 国際コンテンポラリーアートフェスティバル東京」(NiCAF2001 TOKYO)(株)アートプリントジャパン社ブース 東京国際フォーラム展示ホール&ロビーギャラリー(東京)


秋山画廊での個展風景
1997年

gallery αmでの個展風景
1997年

Moonless Hill
1998年

ガレリア・キマイラでの個展風景
1998年

Phenomena
2000年

天使の翼
2000年

秋山画廊での個展風景
2005年

秋山画廊での個展風景
2005年
「面/内包」の先鋭化へ

現代の彫刻に共通する問題意識のひとつは、「表面」と「中身」ということではないだろうか。今日のメディア社会において、「表層」の意義がますます突出する世界に生きているわたしたちにとって、物質の表面の皮膜と中身のマッスとの充実した関係が、いかにしてありうるのか、という問いかけが、いま立体を創る表現者に付き纏っている、根本的な問題ではないかと思うのだ。祖母井 郁の作品は、そういう問題意識に正面から向き合っているという意味で、たいへん興味深いものであると思えるのである。
たとえば最近の個展に出された新作「Transi」(トランジ)は、そのタイトルを中世ヨーロッパの王族の墓(棺)の形式から借りてきている。墓の表面には豪奢な生活をしていた王族の装束を着けたそのままの姿が彫刻として刻まれ横たわっているが、その下層には、王族も乞食もどんな人間も免れようの無い運命である白骨化した死体の姿の彫刻が、もう一層の棺を形作っている。こうした多層的な構造の石棺彫刻は、おそらく、「表面」と「中身」が違うことへの意識の突出化・先鋭化の表現である。これは中世後期というそれなりに価値観の激変した時代に生まれた感受性には違いないであろうが、こうした意識が現在に直結していると気づかされることは大変興味深い。祖母井の作品は樹脂を型取りしたもので、やはりその皮膜性、表面と中身という意識を際立たせているが、これはまさに現代社会だからこそ強く意識される感性であろう。そこにはシンメトリーなどの空間の位相の意識や、作品をまたぐことといった身体的関わりの問題も投入されており、広い意味において「もの」の存在や世界の在り方を、面とそれが内包する体積という観点から捉えていこうという姿勢がうかがえる。
こうした関心が結局のところ生と死、此岸と彼岸、または現実と表象、という問題と強く絡みあっているらしいところも、祖母井の作品の世界の特徴である。彼の写真制作への興味、「聖骸布」や「臨死体験」といった作品タイトルはそのことを強く裏付けているし、亀や甲虫といった生物への興味も、実はそうした表面と中身に関する思考が背景となっている。祖母井の作品は、彫刻に関する思考が現代への究極な問いかけでありうるという、愚直なまでの試行のひとつの例証である。
〜 倉林 靖/美術評論家


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