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 ウェブスカイドア 現代篇
 


柴川敏之
Toshiyuki Shibakawa


[ 略歴 ]
1966   アルベルト ・ ジャコメッティの命日に大阪府で生まれる
1991   広島大学大学院修了
1997   文部省在外研究員としてイタリアに滞在 (ミラノ国立ブレラ美術学校)
2002
  文部科学省科学研究費補助金にてベルリン ・ ロンドン等を調査
2006
  エネルギア美術奨励賞受賞

[ 主な個展 ]
2001
  今日の作家シリーズ“PLANET CIRCLE” / 大阪府立現代美術センター(大阪)
2003
  2000年後の冒険ミュージアム / 広島県立歴史博物館(広島)
2004
  “PLANET MUSEUM / 0NE ROOM” / 夢創館(神戸)
2004
  アート ・ ネットワーク“PLANET MUSEUM OF ART / 0NE ROOM”ふくやま美術館(広島)
2005
  未来美術館へ行こう! / 奈義町現代美術館(岡山)
2006
  APS企画シリーズ “a piece of work” #07 柴川敏之展“PLANET PIECES”

  a piece of work APS、巷房階段下、奥野ビル屋上階段(東京)

[ 主なグループ展 ]
2000
  龍の國・尾道 ? その象徴と造形 / 尾道市立美術館(広島)
2002
  ヒロシマアートドキュメント / 旧日本銀行広島支店(広島)
2005
  VOCA展 / 上野の森美術館(東京)
2006
  さわって楽しむ現代美術展 / 浜田市世界こども美術館(島根)
2006
  印象派から広がる美術の世界 / 浜田市世界こども美術館(島根)

[ 主なワークショップ ]
2003
  現代を版画にしよう! ? 棟方志功に挑戦 / ひろしま美術館(広島)
2005
  2000年後の風景をつくろう !! / 丸亀市猪熊弦一郎現代美術館(香川)
2005
  2000年後の学校を紙にうつそう ! / ニシガハラズコウスクール チャレンジプログラム(東京)
2006
  2000年後☆現代を紙にうつそう ! / 浜田市世界こども美術館(島根)

[ その他 ]
2005
  「2000年後の冒険ミュージアム」記録集を発行(助成 : 文部科学省科学研究費補助金)
2006
  公開制作「ようこそ! 41世紀の画材屋さん」 / 浜田市世界こども美術館(島根)
2006
  脚本 ・ 美術協力、題字デザイン / 全国ロードショー *映画「ちゃんこ」

a piece of work APSでの
個展風景

2006年

PLANET CIRCLE 2
2006年

出現U.40040915
(※2000年後に発掘された日本のない世界地図の化石作品)

2005年

出現U. 40030321
(※2000年後に発掘されたウルトラマン人形の化石作品)

2003年

奈義町現代美術館での
個展風景

2005年

出現U. 40041120
(※2000年後に発掘された印象派モネの絵画の化石作品)

2005年

PLANET BOX
(※2000年後に発掘された携帯電話の化石作品)

2005年

2000年後の冒険ミュージアムでのワークショップ
2003年
遠い視線

1999年頃から柴川敏之は、「2000年後の41世紀に、私たちの現代社会が、“化石”として発掘されたとしたら、一体どのような形で出現するのだろうか?」という想定のもとに作品を作り続けている。それはたとえば蚊取り線香、ドラえもん、ベイブレード、キューピー人形にウルトラマンといったものたちで、それらがあたかも太古の遺跡からの発掘品であるかのように、表面が腐食し錆が付着しているとみえるように念入りに仕上げがなされているのだ。2003年には広島県立歴史博物館で、草戸千軒町遺跡という中世の遺構からの発掘物と、柴川の作品とが混ぜられて展示されるというユニークな展覧会が開かれたが、それらは一見では区別がつきにくいほど互いによく似ていたらしい。 こうした想定下の作品は、作者の意図通りか、あるはそれを越えてか、さまざまな想いに私たちを誘う。それは現代文明を遠い未来の視点から相対化するという意味合いを持つかもしれないし、逆に現代文明の産物へのフェティッシュな愛着をいっそうかきたてるものであるかもしれない。いずれにしろ「もの」とそれに対する人間の想いとの意味を、柴川の作品はもう一度考えさせずにはおかないのだ。もちろん類稀れなユーモアのセンスを伴ってではあるけれども。 柴川にはこうした作品の一環として、印象派の絵が「化石」として発掘されたら、という想定のもとに造られた、カンバス(板?)と額縁を腐食させたような作品まである。「そもそも2000年後には絵画および美術という概念自体が存在しているのだろうか」という問いかけがそこに付随しているのだが、これもやはり柴川独自の、概念の脱臼のさせ方だといえるだろう。単なる出土品という「もの」に還元された「美術」は、私たちの目にどのように「出現」するのか。そういえば柴川の作品には、展示中に、お地蔵さんみたいに観客が自然発生的にお賽銭をあげていくものがある、とも聞いた。そうすると果たしてそれは「美術」なのか、なんなのか。そんなしち面倒くさい意味付けを越えた、愛すべき「もの」の領域にまで達したものであるのか。遠い未来の視線から眺められたものたちは、不思議な愛らしさをもって私たちのありようを見つめ返しているのだ。
〜 倉林 靖/美術評論家


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