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 ウェブスカイドア 現代篇
 



1948
  神奈川県生まれ
1972
  武蔵野美術大学実技専修科研究課程卒業


[ 個展 ]
1976
  早野ギャラリー(現・衣笠ギャラリー),横須賀
1984
  ギャラリー檜,東京
1985
  ギャラリー・ホワイトアート,東京
ギャラリー射手座,京都
ギャルリーラランヌ,東京
1986
  ギャラリー・ホワイトアート,東京
1988
  ギャラリー・ホワイトアート,東京
1989
  ギャラリーMOVE,茅ヶ崎
ギャラリー・ホワイトアート,東京
1990
  ギャラリーαM,武蔵野
1991
  ギャラリー・ホワイトアート,東京
かわさきIBM市民文化ギャラリー,川崎
1993
  ギャラリー檜,東京
スカイドア・アートプレイス青山,東京
1994
  ギャラリーふりーだむすぺーす,藤沢
1995
  ギャラリーふりーだむすぺーす,藤沢
1996
  スカイドア・アートプレイス青山,東京
1998
  巷房,東京
1999
  獏,福岡
2000
  スカイドア・アートプレイス青山,東京
2001
  巷房,Space Kobo & Tomo,東京
2002
  LA Artcore Brewery Anex,Los Angeles


[ グループ展 ]
1968
  「Yo-Yo-Yo」村松画廊,東京
ときわ画廊,東京
1969
  「20代のMOB展」 ときわ画廊,東京
1970
  「現代美術野外フェスティバル」 社会福祉法人こどもの国協会,横浜
1971
  「三人展」 ときわ画廊,東京
1977
  「第8回 国際青年美術家展」批評家賞受賞 東京都美術館,東京
「百人展」 静岡県民ギャラリー,静岡
1978
  「Work by Eleven」 神奈川県民ホール・ギャラリー,横浜
1981
  「表すものと,表されるものと」 ギャラリー檜,東京
1982
  「発現」 藤沢市民ギャラリー,藤沢
「発展」 神奈川県民ホール・ギャラリー,横浜
1983
  「発現 ─ 湘南の春風」 藤沢市民ギャラリー,藤沢
「みわはるき,倉重光則とパフォーマンス」 プランB,東京/ディリープラネット,東京,他
1984
  「二人展 オブジェにならないもの・物」 早野ギャラリー(現・衣笠ギャラリー),横須賀
1985
  「発条」 ギャラリー夢,東京
「SORA THE VIEWS '85」 ギャラリー宙,東京
「発条」 神奈川県民ホール・ギャラリー,横浜
「建築空間の刺激剤として」 ギャラリー山口,東京
1986
  「グループショー」 ギャラリー・ホワイトアート,東京
1987
  「コンテンポラリー・アピア 三人展」 熱海観光会館展示室,熱海
「横須賀市招待展」 横須賀市はまゆう会館ギャラリー,横須賀('88年,'89年,'90年,'93年,'94年,'95年も出品)
「グループショー」 ギャラリー・ホワイトアート,東京
1989
  「ディスタンス」 ギャラリー檜,東京
1991
  「Point Now '91」 横浜市民ギャラリー,横浜
1992
  「Box Art」 ギャラリー・ホワイトアート,東京
1993
  「グループショー」 ギャラリー・ホワイトアート,東京
「LOMANTIC LOVE 乱調の罠」 神奈川県民ホール・ギャラリー,横浜
1994
  「スカイドア・グループショウ 1」 スカイドア・アートプレイス青山,東京
1995
  「Condition of Life 1981 ─ 1994」 ギャラリー・ホワイトアート,東京
1997
  「ホワイトアート・グループショウ 1」 ギャラリー・ホワイトアート,東京
「第2回 ピョンテク インターナショナル アート フェスティバル」 韓国
1998
  「ヨコスカのプロフィール(2人展)」 カスヤの森美術館,横須賀
「立川国際美術展」 ルミネ立川・マグノリアホール,東京
2000-2001
  「半島1」(Miura Art Project) 三浦,神奈川
方丈アートミュージアム出品

Q-02-5-A
2002

Q-02-6-B
2002

Q-02-1-C
2002

Q-02-4-A
2002

Q-02-5-B
2002

Q-01-5-A
2001

Q-01-5-B
2001
透明感の持ち味

メモ用紙ぐらいのストロークが、サッサッと走っている。主にブルーのものが多い。その色のせいか、または中川が釣り人であるためか、海と向き合っている時間が作品に表われていると言われることもある。
1990年代以前から発表をしてきたこの作家は、90年代になってから今日に至るまでも、コンスタントに作品を提示してきている。その傾向は、平面性に固執しつつ、つねに色彩の透明感を心地よく見せるものであった。
中川が住んでいる横須賀はアメリカ軍が駐留するところであり、なんとなく他の海辺と違う色がある。別に派手というわけではないのだが、横文字などがふと目に入ると、ハッとする。そのささいな衝撃といったものが、記憶の中の信号のように明滅してくる町だ。中川の絵画にある見えるようで見えない画面の奥のほうの色彩の痕跡も、そういったニュアンスをもっている。
かつて、中川はレリーフ上の支持体にいまと同じような、細かいタッチを重ねる仕事をしていたことがある。そこでは、絵具の透明感と支持体の形が競り合っているように見えていた。ここ数年は、平面の上に限定して仕事に取り組んできたが、その成果は、着実に見えてきている。色彩はより透明感つまり、重ねてある絵具がそれぞれ響きあい、あるリズムを持っている。新作の円形の作品では万華鏡を思わせるほどに、色彩は軽やかだ。つねに色彩の持つリズム性を大切にしている作家である。

〜 三上豊/和光大学教授


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